Lunch Time(4)
懐かしい気がした。
嘗て、これに似たような光景を見たような。
追想するように記憶を辿る。
きっと、それは幸福な光景だった。たぶん、泣きたいくらいに。
だけど自分はもう思い出すことはないのだろう、と。
悟る弓兵の中で、懐旧の情はあくまで緩やかであった。
***
最後の器を置く。
白米と鯉こく汁をはじめに刺身の和え物、揚げた魚に簡単に調理された野菜が添えてある。
一応、使うかは分からないが定番の大根おろしも別皿に付けてある。
有り合わせの感は否めないが、まあ形になった魚定食がテーブルに並べられた。
ただ、魚をまるごと揚げたその質量は見事なもので、白を基調とした平皿に我こそ主役と咲き誇る。
単純ながらも工夫はひとしお、良き家庭の味となった魚定食はその一身にアイルランドからの賓客が視線を浴びる。
「…"待て"」
「…!」
「とか言ってみたくなるような顔をしているが(ニヤリ)」
「てめ、どこぞのクソ神父のようなことを…」
「む、あんなのと一緒にするな。
まあ…冗談だ。どうぞ召し上がれ、ランサー」
ぶちぶち口内で何か言いつつ、イタダキマス、と何処で習ってきたのか手を合わせるランサー。
表情に分かりやすく期待の色が見えている。
隠せていない隠せていない。
「ん?コレ…」
「大根おろし。見たことないのか?
ラディッシュをすりおろしたものだ。魚と、そこのタレを付けて食べるといい」
おーとかへーとかほーとか言いながらうきうきと箸を進める姿は、どこかのはらぺこセイバーを思い起こさせる。
…青いし。
(ひょっとしたら聖杯は和食に関する知識も提供したのだろうか)
様子を観察していたアーチャーは思う。
是非もない。セイバーのみならず、ランサーも目の前で上手く箸を使いこなしているではないか…。
大した間もおかず「 お か わ り 」と茶碗が差し出されたところで、彼は確信した。
(あ、こいつわかってる)
***
目前では実に楽しそうに食事が進んでいる。
真昼とはいえ静閑さに支配されるはずのこの洋館は、それだけで心なしか賑やかだ。
そしてその賑やかな客人の正面に、エプロン弓兵が席に付く。
おかわりをよそう以外にする事がなくなったためである。
そうしてすることと言えば目の前の青いのが平らげていく皿の中身の残量を気にかけることが先ず一つで。
「はあ…見事なものだな」
「…んむ?」
そして、そのテンポの良さに気付くことが二つ目となった。
その喰いっぷりの快さは、アーチャーにしても予想外であった。
「いや…よく食べるものだなと」
「ああ、だって美味いし」
あきれる弓兵に向かってなんだそんなことかというように、あっさりと、的確に言い切る槍兵。
「いやー、こっち来てからたまに食事はしてたけどな。
はっきり言ってここまでのものってのはなかったしなあ…。
特に最近は……」
槍兵の脳裏に悪魔の画像が再臨する。当然、即座に必死で思考の彼方へ追いやられたが。
そしてこほん、と咳いて一瞬沈んだ気を取り直し、
「ま、ぶっちゃけここまでするお前はお節介野郎だが」
「む」
「すげえ徳したぜ、アーチャー」
に、と楽しげな笑みを浮かべた。
「…気に入ってもらえたなら作り手として苦心した甲斐があるが…」
屈託なく話すランサーの言葉は紛れもなく賛辞で、しかしこの相手をしてその言を素直に受け入れるのにアーチャーは戸惑いを覚える。
「なんだ、不満か?」
「まさか?褒められたことくらい解ったが?」
「じゃ、ちったあ喜べよな」
「喜んでいるとも」
「うわ、嘘くせえ。眉一つ動かねぇ」
「……私に、満面の笑みを浮かべつつ少女のように頬を染めて喜べと?」
「それもきもいな」
「理解してもらえれば結構。
ところで、食べ物を飲み込んでから無駄口をたたくがいいばか狗」
「悪意だけは率直だな、オイ」
軽口は好調。
内容はともかく、空気はおおまかに穏やかだ。
つまりはアーチャーも褒められてそう悪い気はしていないと言うことであった。
***
想起させた懐かしい場面と今の状況はきっと大きく違うのだろう。
赤の弓兵はぼんやりそう思う。
それは正否どちらでも構わない。
ただ、目の前で自分の作った料理を、実に楽しそうに平らげていく人を見る気分。
それは、そう変わりがなかったのであろうと推測できただけの話だ。
なんのことはない。
己の性質にはそういう所があったということを再確認しただけ、の話だ。
そのことが、良いか悪いかすら問題ではない。
自分の在り方の始まりの一端にはそんなものもあったかもしれない。
そう、思っただけだ。
彼のマスターに言わせれば、まさに心の贅肉というやつだろう。
***
「ふー」
おかわり用最後の魚を出し、食後のお茶の準備をしたところで、本格的にする事がなかったためであろう。
ここではないどこかからアーチャーの意識が遠坂邸に帰ってきたのは、ランサーの一息が吐かれてからであった。
満足感に満ちたそれは、つまり彼の食事が終了したことを示していた。
大人2、3人前はあったであろう魚尽くしは数度のおかわりを経て見事消費された。
「しかし、なるほどねぇ」
「なんだランサー。気持ち悪い」
さらりと食後のお茶を差し出したのが悪かったのだろうか、にやにやしながらアーチャーを見、頷き始めるランサー。
見られている本人にとっては不可解不快感極まりない。
「いや、この料理の腕前、おかわりをよそうなれた手つき、そしてお茶(コレ)。
相当な家事能力持ってんだなあ、アーチャー?
こりゃお嬢ちゃんも気に入るはずだ、いいサーヴァントを引き当てた」
「何が言いたい…」
なんとなく嫌な予感を感じつつ、アーチャーは目の前の男を睨む。
そうして、言葉を待つ。
青い男の口の端がに、と持ち上がった。
「吐いちまえよ、お前ほんとは家政婦(ホームキーパー)のサーヴァントだろ!?」
「 死ね 」
笑顔で双剣を投影するアーチャーは本当に恐かったと、後に英霊、クー・フーリンは語る。
「うお、恐っ!ただの冗談だろ!?」
「言われて当然だ、むしろ殺されて当然だろう」
「本気でキレんなよ!世話好き家事好きが図星だからって…」
「うるさい、ばかイヌ、阿保犬、タイツ狗。今回は気まぐれだ、二度はない!」
「ちょっとまて言い過ぎだろてめコノホームキーパー」
「違うといってるだろうが、まったく、この…」
思わず子供染みた喧嘩が始まりそうであったが、今回はどうにか赤の弓兵が冷静さを取り戻した。
そして彼はふう、とため息をついて。
平静に、告げる。
「私はアーチャー、弓兵のサーヴァントだ。
そして君はランサーだ」
意味するところはつまり、そういうことだ。
「まあな」
決して忘れていたわけでない事を確認するその言葉の意味は、つまり招待の終了時間を指していた。
切り出しが突然、とばかりは言えまい。
このように過ごす事自体が、双方にとっては異常なことであるはずなのだから。
予想外に、同世代の友人のように話したこの時間が好ましかったとしても。
「んじゃ、そろそろ退散してやるさ。
美味い飯の礼にここは見逃してやるが…」
「は、それはこちらの台詞だな。
客人として招いた手前、ここから去るまでは私の方が君を見逃してやろう」
「言ってろ」
言って、席を立つランサー。
結局別れの挨拶代わりは軽口の叩き合いになる。
らしいといえばそうかもしれないが、赤いほうの主人が見たなら「ずいぶん仲よくなったものね」とかなんとか言っただろう。
そんな雰囲気だった。
「と、そうそう」
一度身体を出口に向けたランサーが振り返る。
ある意味休戦終了を宣言したような手前、少しだけアーチャーは身構えた。
が、振り返った男は両手を会わせ、ぺこりと軽くお辞儀をしただけであった。
「ごちそーさまデシタ」
律儀にも挨拶をするランサーは妙に可笑しかった。
意表をついてしてやったり、とでも思っていそうな表情がいっそうそう見せた。
だから、思わずと言うか習慣に従ってというか、アーチャーも応える。
「お粗末さまでした」
声こそはいつもの彼のニヒルさを保っていたけれど。
知らず、彼の口元に浮かんだ微かな笑みに気付いたのはランサーのみであった。
が、言及はしない。それは自然なものだと感じたからだ。
そして、突っ込めば消えるであろうと思ったからだ。
それを少し惜しいと思う自分がいたことには、彼自身気付けなかったようだったが。
後はそのまま青の槍兵が去り、赤の弓兵はその場に残る。
そんな風に気まぐれで成った昼食時間は終了し、これ以降は元に戻る。
夜には、勝者の座を競い互いに刃を交えることとなろう。
………の、はずが。
その後、衛宮邸で時折台所をうろついている弓兵が目撃されるようになった、とか。
遠坂の館の周りを何をするわけでもない槍兵が現れては消えると警戒された、とか。
夜の冬木市で「ハウスキーパー」「タイツ」と小競り合いを繰り返す赤と青のサーヴァントの姿があった、とか…。
そのように。
つまり起こった出来事は多かれ少なかれの変化を引き起こすものである。
………かどうかは、また別の話。
―END―
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