Lunch Time(3)
そうして、やって来たのは何故だか遠坂邸。
そこの、彼にとっては久しく対していなかった台所に赤の弓兵はいた。
居るだけでは、当然、ない。
魚は各々用途に応じて捌かれており、鍋は火にかけられ、炊飯器も稼動している。
その早炊き機能について、最近の炊飯器はそれでも美味しく仕上がるのでそこで今集中している台所の主から言わせれば便利としかいいようがないらしい。
その他の食材は、貯蔵量残り少ない遠坂家の冷蔵庫からのあり合せだ。しかし、放っておいても多分腐る予定だったものたちなので問題はない。
幸い、もともと凛が自炊していたので調味料は揃っている。
ついでに、繰り返すがその凛は衛宮邸に居候中だ。
なんの問題も無く、アーチャーは包丁と、お玉杓子、その他の調理道具を存分に振るい続ける…。
***
さて一方、何とも微妙な表情をしたまま、リビングで椅子に腰掛けているのは後ろ髪を物理的に引っ張られながら連れて来られたランサーである。
わけのわからない状況になっている。
解っていることはそれだけしかない。それでもあえて現状をもう少し長い文章にするならこうなる。
"気に食わないマスターが出す地獄の料理から逃げて自分で魚を釣って食べようとしていたら、敵に見つかって連れられて綺麗な部屋に放置され、おまけにさっきからなんだかいい匂いがしてきている"
ツッコミ所多すぎである。
「何なんだ…アイツ…?」
現状の冷静な分析が馬鹿らしくなったところでランサーは考えの矛先を切り換える。
今日の弓兵は何か妙だ。
先刻の、魚を熱心に見る目と自分に向けられた同情の眼差しと表情が思い出される。
一体彼は自分のどこにそんなに同情していたのだろうか、と彼は首を捻った。
そして自らの行動を、思い返す。
自分はただ…
(1)その時の持ち合わせもなかったので飲食店には行かず。
(2)気分転換ついでに釣りをして。
(3)気持ち的に食事が好きなので魚を食べて見るかと考えて。
ああしてのんびり釣りをしていただけなのに。
この大雑把もとい豪快な英雄の知るところではないのだが、一応解説するとこういうことになる。
つまりはアーチャーの持つ一端(あるいはそれ以上)の料理人としての舌は、過去あのマーボー野郎の好む食事をを口にした記憶を英霊化したその後にすら留めさせ、というか先刻甦させられ、たまたま、真に珍しくその同情を呼び起こしたという訳である。
そんな彼の一個人としての事情にランサーが思い当たる訳もなく。
結局長くない思考時間を以って、かの豪快な英雄の中で「ヤツは意外な一面を持っていた」ということで片付けられた。
そうして、同時に先日一戦交えた戦士としての凛としたイメージは失われつつあった。
無理もない、としか言いようがない。
***
「お待たせした、出来たぞランサー」
とりあえず(ランサーの中で)一件落着したところで、その思考を占拠していた男の声がした。
「何が出来たのかは知らねえけど待たされました、と………ぶッ」
軽口を叩いて声の方向に視線を向けると同時に、噴出す青の槍兵。
「?
どうかしたか、ランサー」
「お、前、そのカッコ」
ランサーが噴出すのも道理。
普段閑全とマスターを守護する赤の騎士たる弓の英霊は、今や身体にエプロン、頭に三角巾、片手にはオタマの調理用完全装備であったのだ。
「ああ?格好…これか?
ふむ、当然だ、ぬかりはない。間違っても髪の毛など料理に入ってはいないぞ」
「いや、ていうか……。いいや、なんでもない」
一応お客に出す料理に細心の注意を払うのは、どうやら彼の中で自然なことらしかった。
そんな風に、当然のように、胸を張るように、自信に満ちた返答をされては最早成す術は無い。
しかも、妙に似合ってるものだからお前変だぞと言うことも出来ない。
エプロンについて言及するなら、そのデザイン自体はシンプル、かつ機能的であり、装着したアーチャーの姿はまさに家庭料理人といったところか。
場馴れした人間独特の威厳があるので、間違っても新妻とかではない。
そんな威厳を持つ英霊は何処か間違っている、とランサーはちょっと思った。
思ったが、違うことが気になったのでとりあえずそのことは心の片隅に置いた。
「で…それ、お前が作ったの?」
既に彼の注意はアーチャーのオタマを持っていない方の手にある料理に移っていた。
その声には期待がこもっている。
あまり馴染みはないが、食欲をそそるいい匂いがする。
近くにあるそれだけではなく、奥の方…おそらく調理場だろう、そこから香ばしい香りも漂ってきている。
「それ以外になかろうが。
さて、和食が口に合うかは分からんがね…まあちょっと待っていろ、今他を運んでくる」
言って、手に持った一品を客人の前に置き、アーチャーは踵を返した。
久々のホームグラウンドに在るからか、その足取りと表情は心なしか軽い。
ちなみにランサーの目の前に置かれた料理は鯉こく、つまり赤味噌汁である。日本料理に慣れない彼にはスープか?としか予想が付かない。
それでも、彼にその味とやがて来るだろう他の料理への期待を持たせるには十分だった。
ここにおいて、ランサーの中でアーチャーに対する戦士としての凛としたイメージは完全に消え去った。
…が、その背中は何故かランサーには好ましく思えたような気がした。
<←2へ>*<4へ→>
|